最近MacBook Airの調子がすこぶる悪い。
ずぼらマガジン編集長
ずぼらいたーゆいきです。
今日は
コスパが悪いとわかっていても
できないことはある
って話をします。
挨拶をしないと頭が悪くなる?
今日の話は、要するに
正論だとわかっていても
できないことってあるよね
って話です。
こんな考えに至ったきっかけはこちら。
そう、キングコング西野さんの動画。
「挨拶をしない人は」
シンプルに頭が悪くなる
という少々刺激的な見出しが
サムネイルに付けられている。
この動画内で西野さんは
挨拶をしなかったら
話しかけられる回数が減って
情報が偏ってアホになるから
挨拶しといた方が
いいんじゃないの?
とおっしゃっている。
上記は要約した話で、
その前に説明していたのは
こんな例。
↓
また反応してもらえないと嫌だから、
挨拶をしない人にはその後話しかけなくなる
↓
挨拶をしない人は
話しかけられる回数が減るから
外部から入ってくる情報の量が少なくなる
↓
挨拶をしない人は
外部から情報が入ってこないから
自力で情報を取る必要がある
↓
挨拶をしない人は
自力で情報を取ってくるから
情報に偏りが生まれる
↓
挨拶をしない人は
偏った情報しか持っていないから
シンプルに頭が悪い
言わんとすることはよくわかる。
挨拶はあなたのことを受け入れますよという合図
まずは情報が入ってくる人間になったほうがいい
私が普段意識していることに
かなり近いからだ。
隙のある人間になる
私は普段からあえて
隙を作って生きている。
ここでいう隙というのが
どんなことかというと
逆を伝えるとわかりやすいと思う。
私が普段やらないようにしていること。
・話しかけんなオーラを出す
・意見するとふてくされる
書き出しながら、
やらないようにしているだけで、
やってしまっていることは
往々にあるなと少し反省した…。
つまり普段意識しているのはこの逆で
・話しかけてOKオーラを出す
・意見するとありがたがる
こんな感じ?
なんでこんなことをしているのかというと
理由は西野さんの言っていたことに
限りなく近くって、
たくさん話しかけられて
フィードバックを得られる人間で
ありたいから
これに尽きます。
いつか私がとんでもない
間違いを犯した時、
私が普段から仏頂面で
話しかけんなオーラを出していたら
そのとんでもない間違いを
指摘してもらえないかもしれない。
私はそれがめっちゃこわい!!!
自分で話しかけるなオーラを
作ってしまったがために
間違いを犯していることを
誰にも指摘してもらえず
間違い続けるかもしれないと思うと
想像しただけで恥ずかしくなってしまう。
だから、西野さんの言うことはよくわかる。
挨拶をするだけで
話しかけられる回数が増えるなら
するに越したことはない。
絶対そうだと思う。
だがしかし!!!
そんな簡単に言ってくれるなよ
って話なんだ。
世の中には挨拶をしたほうが
コスパが良いとわかった上で
それでも挨拶が苦手な人
っていうのが存在するんだ。
そんな人たちからすると
たとえコスパが悪かろうと
それでも挨拶はしたくない
ってことなんだと思う。
コスパが悪いってわかりきってるのに
それでもしない人ってなんなんだろう。
あなたは今そう思っただろうか。
しかし私にはその感覚も
よーくわかるのだ。
正論を言えばいいってもんじゃない
コスパが悪いとわかっている
のにできないことって、
意外と世の中に溢れていないだろうか。
たとえば私の場合は
それが公共料金の支払いなのだ。
コンビニに行ってお金を振り込む
たったこれだけなのに
めんどくてめんどくて
一生後回しにしている。
そのせいで気づけば
延滞料金が加算されて
かなりコスパが
悪いことになっている。
支払い通知書が届いた時点で
さっさと振り込みに行けば
こうはならなかったのに、
それでも後回しにしてしまう。
まさに
コスパが悪いとわかっているのに
できないことの代表って感じ。
つまり何が言いたいかって
挨拶が大切ってことは
頭でわかっていても
それでもできない人っていうのも
きっとこの世にはいらっしゃって
その人からすると
「うるせー!できないんだよ!」
「できたら苦労しねーよ!」
って話だったんだろうなと思いました。
眠すぎて白目になりながら打ってるから
ちゃんとそれっぽいことが言えてるかわからないな。
とにかく正論言われても困るぜって話だ!
おやすみ!!!